社交不安障害

僕は、それらしい。医者にそう診断された。

簡単に言うと、誰か人といると過度に緊張をしてしまう病気である。 それゆえ、大勢の前で立って話をすることは大の苦手である。また、1対1の会話でも、相手が何を考えているか、相手が何を感じているか、自分の言動で相手にストレスを与えていないかを勝手に想像して頭がパンクする。 好きな人の前だと緊張して上手く話せない、というのが、相手が誰であっても常に僕には起こっているのである。

誤解して欲しくないのは、人が嫌いということではない。 むしろ僕はひどく寂しがりな性格であり、いつも誰かそばに居てほしいと思っている。まったく矛盾する、めんどくさい性分である。うさぎだからね。

診断が下りたのはクリニックに通い始めた今年からだが、患ったのは中学生の頃だったと思う。小学生までは人前に立つのが好きで、部活動でキャプテンをやったり卒業式の呼びかけ(伝われ)で最後のセリフを任されたりした。 しかし、きっかけは何かわからないが、中学生のとき、「いつも挙手をしてくれてえらいね」と先生に授業中言われた際に、なぜだか一気に注目を浴びているようで恥ずかしくなった。それ以来授業中の挙手ができなくなったのは覚えている。それが1番最初の発症だろうか。

社交不安障害の人間が苦手なことの1つに”自己開示”がある。自分について話すことが苦手なのである。 他人なんて自分に興味ないのに、自分の話をするのは恥ずかしいことだと思ってしまう。自撮りをTwitterに上げたりなんかしたら、踏み切りを1日中見つめてしまう。

さて、そんな自己開示が苦手な社交不安障害の僕が、一番隠したくなるような病気のことを記したのには理由がある。

最近、彼女に振られたことがきっかけで、酒が入っていた勢いもあり、大学の先輩に大きく泣きついてしまった。それも結構な人前で。 次の日になって、布団に顔を埋めに埋めた。大声を上げて泣いて注目を集めた上に、自身の弱みを大きくさらけ出したのだから、社交不安障害でなくとも顔から火を噴くだろう。

しかしそれ以降、不思議とその泣きついた先輩をはじめ、その場にいた人たちと会話をする際の緊張が大きく解けた。今まで会話をする際には相手の視点ばかりに頭が行っていたが、自分の思考に焦点が当てられるようになった。 頭のメモリが緊張で圧迫されていた分 容量が空き、自分の話したいことが少しずつ話せるようになったのだ。

それ以降、こう思うようになった。

社交不安障害だから自己開示が苦手なのではなく、自己開示をしないから社交不安障害なのではないだろうか。 事実、対人関係療法の治療場面でも身近な人に自分の病をさらけることで改善されている。

とりあえず少しずつ自分のことをさらけ出すことから始めていこうと思う。

いつか人前で演説ができるようになれたらね。いいね。ぴょんぴょん🐇